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題名:神戸新聞から 名前:坂本正志
2005/07/28(Thu) 19:01 No.36 

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不惑の夢 天かける 小1の作文「ロケット操縦士」
2005/07/27

 空中分解の悪夢から二年半、米スペースシャトルが再び宇宙に飛び立った。ごう音を残してフロリダの晴れ渡る空に吸い込まれる「ディスカバリー」。燃料センサーのトラブルで、緊迫が続いた米航空宇宙局(NASA)職員らは、抱き合い安堵(あんど)の表情を浮かべた。「ちょっと宇宙へ」。自信の笑顔を見せた野口聡一さん(40)。少年時代からの夢をシャトルに乗せ、大きな一歩を踏み出した。

 「備えよ常に」。米スペースシャトルで船外活動の主担当という大役を務める野口聡一さん(40)の歩みは、小学三年から続けているボーイスカウト活動に象徴される。高校生で宇宙飛行士になる目標を抱いてから、地道な努力を怠らずに初飛行を実現させた。

 野口さんは一九六五年四月、横浜市で電機メーカーのブラウン管技術者だった父幹夫さん(70)の長男として誕生。米アポロ11号の月面初着陸や、人気テレビ番組「サンダーバード」「宇宙戦艦ヤマト」の影響で宇宙にあこがれ、父の転勤で転居した兵庫県太子町の町立斑鳩小学校一年の時、作文に「ぼくは、ロケットのそうじゅうしになりたい」と書いた。

 小学五年で再び横浜市に、六年で神奈川県茅ケ崎市に転居したころから電車に夢中になったが、県立茅ケ崎北陵高校に入学直後、シャトルが初飛行に成功。ボーイスカウトの活動に打ち込みながら、宇宙飛行士への夢を膨らませ、東大工学部航空学科に進学した。

 ボーイスカウトでは、斑鳩小時代になじんだ「笑いを取らずには済ませない関西人気質」(野口さん)の協調性と抜群のリーダーシップを発揮。神奈川―新潟間の日本横断サイクリングを楽しんだりした。

 東大で修士号取得後、石川島播磨重工業の航空エンジニアとなって挑んだ宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構)の宇宙飛行士選抜試験は、応募者五百七十二人の狭き門。ただ一人の合格を勝ち取った。

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